「なっ、何とかしますっ!」
その宛てもないくせに売り言葉に買い言葉みたく勢いよく啖呵を切ったら、「悪いがお母さんに頼まれてお引き受けした以上、俺のほうにはキミに断られるという選択肢はないんだよ。今日キミを迎えにくるために散々あちこちに根回しもしたしね。その労力は無駄には出来ん。――よって、花々里(かがり)の意見はオール却下だ」とか。 嘘でしょぉぉぉぉぉ!? どんだけ自分勝手なの! この人! 「それに……先日手付金……、おっと失敬。結納金だったか。まぁとにかくそれ代わりにキミの今年度の後期の学費を大学に納入させてもらっているからね。キミに拒否権はないのだよ。――お母さんからその旨連絡はなかったかい?」 「……っ!」 ありました! ええ、ありましたとも! 誰から、とかはありませんでしたけれども……まさか貴方さまだったとは! 通りで全納だなんておかしいと思ったんですよ! けど今、御神本(みきもと)さん、絶対「手付金」とか不適切発言なさいましたよね!? い、一体何に手をつけるためのお金なんですかっ!? 思ったけれど藪蛇になりそうだし、聞くのはやめておくことにします。 私だって一応女子大生ですからね。そこまでお馬鹿じゃないのです。 でも……それはそれとして――。 結局これ、どうすればいいの? お金返します! だから見逃して?っておねだりしてみるのが最善策? 「し、支払っていただいたお金は少しずつでも……」 お返ししますので!……と、眼前の男の顔を見上げてキリリ!と格好良く言い放とうとしたら――。 ――グゥゥゥゥゥー!!! とかっ! なまじ距離が近いから今の轟音、絶対御神本さんにも聞かれましたよね!? ひぃー。お願い! 今は黙ってて!! 私のお腹の虫! あとで草でもなんでも放り込んであげるから! ぶわりと耳を熱くして、慌ててお腹を押さえてうつむいた私の頭上へ、クスクスと笑い声が降ってきた。 顔を上げなくても分かります。 御神本さん、笑ってらっしゃいます……よね? 「とりあえず話の続きは食事でもしながらどうかな? 実は、俺も夕飯まだなんだ」 言われて私、思わず条件反射で顔を上げて、目をキラキラさせてしまった。 ううう。 腹ペコが憎い。 「そ、そ、そ……。その手には乗り……」 ――ません! それでも生唾をグッと飲み込んで、何とかキッパリ断ろうとしたら、 「何がいい? 寿司か? ステーキか? それともフレンチ? イタリアン? なんでも花々里が望むものを食わせてやろう」 って本当ですか!? 「――ます!」 結局、飢えたお腹の虫に意識を乗っ取られた私は、“乗り「ません!」”と言えずに、“乗り「ます!」”と路線変更してしまった。 あ、あくまでも言わせたのは「お腹の虫」です。私じゃありません。 でも私、「お腹の虫」の気持ちも少しは分かるのよ? だってだって! お寿司よ!? お肉よ!? フレンチにイタリアンよ!? 断れるわけないじゃない? 思わず口の端にヨダレが滲んできて、慌てて唇にグッと力を込めた。 *** 「ほ、本当に……何でも。う、う、な……ぎ……とかでもいいんですか?」 ややして、恐る恐る問いかけたら「ん?」と聞き返された。 あー、やっぱり選択肢にも上がってなかったうなぎとか出してくるとか、図々しかったですか!? うなぎ、絶滅危惧種ですもんねっ!? 「ま、間違いましたっ。コンビニのお弁当でも十分ですっ!」 慌てて言ったら、「コンビニにもうなぎがあるのかね?」と聞かれて。 ないことはないと思いますけど……もしかしてうなぎOKだったりします? 思わず期待に満ちあふれた目で御神本さんを見つめてしまって、フッ、と小さく笑われてしまった。 「まるで餌をチラつかせた途端よく懐く子犬みたいだな、花々里」 あんなに強く肩を掴んでいた手をあっさり離すと、今度は犬にするみたいに頭を「よぉーしよし」と撫でてくる。 ミディアムロングの、オリーブベージュ色の髪の毛をかき乱されて、せっかく綺麗に内巻きにできてるのに崩れちゃう!と思って、 「ちょっ、なっ、何するんですかっ」 言いながら思わず頭を押さえたら、まだ頭上に載せられたままだった御神本さんの手の上に手のひらを重ねてしまった。 「ひぁっ」 異性の手に触れたのなんて、小学生の頃のダンス以来だよぅ。 あ、待って! そういえば中学生の頃に更新したわっ。運動会で迷子になっていた、幼稚園児の男の子の手を引いてママを探して歩いたもの! ん!? 幼児はカウントしちゃダメ? ちっさくても異性だからいいよね? まぁ、でも。それを含めたとして……いずれにしても何年も前なことに変わりはないわけで。 劇的に異性に免疫のない私は、不覚にも想定外の接触事故にドキッとしてしまった。 「ご、ごめんなさっ」 ドギマギしながら慌てて手をのけようとしたら、ニヤリと不敵に微笑まれて手首を掴まれた。 「では、行こうか、俺の可愛い子犬ちゃん」 言われて、否応なしにぐいぐい手を引っ張られる。 私、子犬なんて可愛いものじゃありません。 強いて言うなら「はらぺこヨダレむし」ですっ。 *** 「――ときに、コンビニのはよく分からないから俺の馴染みの店ので構わないか?」 半ば無理矢理高級車――黒のレクサス!――の助手席に押し込まれてガチャリと拘束――ではなくシートベルトをされて。 じょ、助手席とか……彼女でもないのにいいのっ? とか戸惑っているうちに身体の上に覆い被さるようにされたまま、超絶美形に目の前で問いかけられたら言葉の内容なんて吟味できずにうなずいちゃうよね? 私も御多分に洩れず、半ば夢現で「はいっ!」って答えて、背筋をぴーんと伸ばしてから、御神本さんの顔の近さに慌ててそっぽを向いたの。 「素直で宜しい」 途端、再度頭を優しく撫でられて、私の意識はトロリと蕩けてしまう。 男のくせになんだかいい匂いもするし! 香水とか疎くてなんの、とかは分かんないけど、とにかく爽やかな香り。 御神本頼綱、恐るべし! 出会ってたかだか数分。 私、気がついたら「名前」と「母の知り合い」だと言うことくらいしかよく分からない「産婦人科の跡取り息子」に飼い慣らされかけてます。熱々の鰻をアルミホイルごとそっとまな板に移して包みを解くと、火傷しないよう気を付けながら1.5センチ幅に切って、添付されていたタレをたっぷり掛ける。 ――んー、美味しそうっ! 手についたタレを舐めたら、すっごく愛しい味がして、生唾がじわりと口の中にあふれた。 あ、やばいっ。 またきた! 振り返りざま、椅子の背もたれをギュッと握って手指に力を込めながら、 「よ、りつ、なっ、そ……このラッ、プ、切っ、てくれる?」 私たちの迫力に押されて呆然と立ち尽くす頼綱《よりつな》に、痛みでフルフル震える指でラップの細長い箱を指し示したら、頼綱が慌てて動いて。 そうしてラップの箱を手に、「どっ、どのくらい?」とか。 ――頼綱さん、まさかそれ、切る長さを聞いていらっしゃいます? 一口サイズの手毬《てまり》おむすびを作りたいので、「20セ、ンチくら、いっ」と声を絞り出すように言ったら、頼綱ってば、私の様子にオロオロしてか、今度はなかなかラップの端が掴めなくてまごまごするの。 「お貸しくださいまし」 とうとう見かねたらしい八千代さんに、ラップを箱ごと奪われてしまった。 結局、一口サイズの鰻乗せ手毬おむすびは、痛みの合間を縫うようにして頑張った私と、始終テキパキと動く八千代さん2人だけの共同作業で完成してしまいました。 「頼綱《よりつな》坊っちゃま、これからは父親になられるんですから、お家でも花々里《かがり》さんを支えられるよう、もう少し家事も覚えてくださいましね?」 ――わたくしも、いつまで坊っちゃまのお世話を焼けるか分からないのでございますから。 ぽつんと付け加えるように落とされた言葉に、私は胸がキューッと切なくなった。 と、同時。 「イタタタ……」 またしてもお腹が痛くなって、机に手を付いて立ち止まる。 あ、やばい。 陣痛の間隔、10分切ってるかも? 八千代さんに指示されて、お弁当箱につめた手毬《てまり》おむすびを、風呂敷で包んでいる頼綱を横目に……。 「よ、り、綱っ……お願っ、そろそろ、病《びょぉ》……い、んっ」 ギュッと手に力を入れながら、涙目で彼を振り仰いだ。 頼綱はそんな私をサッとお姫様抱っこの要領で抱き上げると、今包んだばかりのおむすびを手に、「行って
「ただいま。――おや? やけにいい香りがしてるけど2人で何をしてるのかね?」 八千代さんが買ってきてくださった鰻《うなぎ》の蒲焼《かばや》きを、フッ素加工されたトースタープレートにアルミホイルを敷いて載せると、お酒を少量振ってふわっと包み込む。 それをオーブントースターに入れてスイッチを3分程回したところで、頼綱《よりつな》がキッチンに顔を出した。 久々の鰻にテンション駄々上がりで、頼綱の帰宅に気付けなかった私は、その気まずさを誤魔化すように「今ね、戦飯《いくさめし》を用意してるのよ♥」と、私の手元を覗き込んでくる頼綱に微笑んだ。 「いくさめし……?」 キョトンとする頼綱に、「ほら、頼綱にも手伝ってもらうんだから。手、洗ってきて?」と視線で彼を洗面所へ促《うなが》す。 八千代さんはそんな私達の横、大葉を細かく千切りにして、適量の白胡麻とともにボールに取り分けた炊き立てのご飯に混ぜ込んでいらして。 私、鰻の蒲焼きしか頼まなかったのに、さすがです、八千代さん! 大葉と胡麻の香りがふんわり鼻腔《びこう》をくすぐって、私は「美味しそう!」ってニンマリする。 「手、洗ってきたよ」 頼綱《よりつな》がキッチンに戻ってきたところで、丁度トースターがチン!と鳴って、私はワクワクしながら扉を開けた。 「イタタタ……」 そこでお腹がキューッと痛くなって、思わずテーブルに手を付いて動きを止める。 テーブルについた指の先が白くなっちゃうくらい手指に力が入った。 ……痛いっ。 でも鰻《うなぎ》、早くトースターから出さないと余熱で焦げちゃうっ。 「よ、りつなっ、お願、いっ。私……の代わりに、ほかほかのウナ、ギをっ」 息を吐きながら痛みを逃《のが》すようにして言ったら、頼綱が「花々里《かがり》、陣痛の間隔は?」と聞いてくる。 「んー、20分……切っ、たくらい、かなっ」 言ったら「それ、こんな悠長に飯を作ってる場合じゃないよね?」って……そんなの分かってるっ! ――だから急いで頑張ってるのよぅ! 「でもっ! これ、絶対いる、の! 頼綱がウ、ナギ禁止令出、した時っ、陣痛の……合間にっ、鰻入りの手毬《てまり》お、むすびっ、ムシャムシャす、るって……私、決め、てたんだ、もん!」 痛みを吐息で散らしながら言ったら、頼
自分の提案にイエスともノーとも答えない私に、頼綱《よりつな》がキョトンとして、 「花々里《かがり》、それは――」 どう取ればいい?と言いたげな頼綱に、 「ほらっ。遅刻しちゃうよ? その時が来たらちゃんといの一番に頼綱に連絡するから。スパッと気持ちを切り替えて行ってらっしゃい!」 土間に降りて、頼綱の背中をグイグイ押して外に押し出すと、尚も不満そうに私を振り返ってくる彼の頬にチュッとキスを落として、もう1度トドメのように「行ってらっしゃい」と告げる。 そうして、このお話はこれでおしまい、とばかりに手を振って、半ば強引に彼を仕事場へ送り出した。 *** 時折お腹が張って、微かにキューッと生理痛のような痛みを感じるようになった頃、私は八千代さんにお願いしてお買い物を頼んだ。 八千代さんが出掛けている間に、早炊き設定で炊飯器のスイッチを入れてキッチンの椅子に腰掛ける。 「よいしょ」 お腹が大きいあまり、このところ無意識に出るようになってしまった掛け声《ことば》に思わず苦笑して。 ちょっと動いたら暑くなって、羽織っていた透かし編みのカーディガンを椅子に掛けて、ほぉっと一息ついた。 炊き立てほかほかのご飯が出来たら、これでおにぎりを作るぞー!と思ったら自然頬がほころんで。 おにぎりを彩る具も、ちゃんと決めてあるの。 ふふっ。楽しみっ! 「イタタタ……っ」 そこでキューッとお腹が張る痛みに背中をさすって。だけどまだ我慢出来ないほどじゃない。 絶対とは言えないけれど、私、初産だし、きっとあと数時間は猶予《ゆうよ》があると思うの。 学校で学んだ知識が、案外いま冷静に自分の状況を見つめられる指針になって助かるなぁとか思いつつ。 痛みが和らぐとすぐ、気持ちが炊飯器と、八千代さんにお願いしたお買い物にさらわれる。 おにぎりの具材の定番はシャケや梅干しやおかか。 だけど今回私が八千代さんにお願いしたのはそれらじゃないの。 *** 「花々里《かがり》さん、ただいま戻りました」 玄関が開く音がして、八千代さんの声が聞こえてきた。 私は椅子からノシッと立ち上がると、台所から顔を覗かせる。 「八千代さん、お帰りなさい。すみません、暑い中、わがまま言ってしまって」 眉根を寄せたら、
予定日を5日ほど過ぎた、快晴予報の朝。 その頃にはさすがに仕事も産休に入っていて、家でのんびり過ごさせてもらっていたのだけれど、私ってば夏の暑さにもお腹の圧迫にも負けず、食い意地が元気に健在で。 食べ悪阻《つわり》こそ妊娠中期の半ば頃には落ち着いたけれど、食欲は衰えなかったから我ながら凄いって思った。 結果、太り過ぎないよう毎日のウォーキングが日課になって。 最近では夏の射るような日差しを避けて、早朝にお散歩するようにしていたの。 薄暗い日の出前とは言え、歩けばそれなりに汗をかいて。 それを流したくてシャワーを浴びるために服を脱いだら下着を薄らと汚す〝おしるし〟に気が付いた。 「わわわ、ついに!?」って思いながらも、冷静にシャワーを浴びて。 髪をタオルドライしながら頼綱《よりつな》に、「おしるしが来たからそろそろかも知れない」って話したの。 私がそう言った途端、ソワソワしながら「何かあったらすぐに連絡するんだよっ? いいね!? 分かったね!?」って、目に見えて狼狽《うろた》える頼綱に、いつも仕事で赤ちゃんを取り上げていても、いざ我が子のこととなるとただの心配性のお父さんになっちゃうんだなぁって可笑しくなった。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」 ってクスクス笑いながら言ったら、 「俺が心配してるのは……子供のことももちろんだけど、1番は出産を控えた花々里《かがり》のことだからね?」 って眉根を寄せられた。 こんな時まで私をドキドキさせてくれるとかっ。 うちの旦那様は溺愛が過ぎて困ります! そう思いつつも照れながら「ありがとう」って言おうとしたら、頼綱《よりつな》が「今夜の当直は杉本先生だけど、もし日付がズレたらその限りではないと言うのが気になって仕方がないんだよ」とつぶやいて。 「えっ!? ちょっと待って、そっちなの!?」 1番に心配しているって言ってくれたから、私の身体のことかと思いきや、「それは言うまでもないことだろう?」らしい。 頼綱としては、私が臨月に入った辺りから、お産は院長先生や浅田先生には任せたくないという思いが強くなっていたみたいで。 「杉本先生が当直じゃない日にキミが産気づいたら……その時は誰がなんと言おうと僕が取り上げる。それだけは了承しておいておくれね
「あとは――野菜スティックとかモグモグするのもありかも?」 何の気無しに言ったら、頼綱《よりつな》が瞳を見開いて。 「それはまた、肉食の花々里《かがり》にしては珍しくウサギみたいなことを言うね」 って笑うの。 に、肉食って! 確かにお肉もお魚も大好きだけど、私、お野菜も好きなのにっ。 「ウサギでも何でも構わないのよぅ。なるべく太りにくい食べ物をムシャムシャしたいのっ」 力説して眉根を寄せる私に、「〝Auberge《オーベルジュ》 Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》〟に連れて行った時、キミが兎《ウサギ》より鰻《ウナギ》がいいってゴネたのを思い出すよ」って頼綱が肩を震わせて。 |羽の生えたうさぎ《ル・ラパン・エレ》というホテルでデートした時の話だ。 「べっ、別にゴネたりなんかしてないよ?」 唇をとんがらせて言ったら、「そうだっけね?」と意味深に視線を流される。 あの日、ホテル内にあったお洒落なお店の前で、「Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》は、フランス語でウサギ生活という意味だよ」と教えてくれた頼綱《よりつな》に、ウサギからウナギを連想した私が、「鰻《うなぎ》は何て言うの?」って聞いたら「anguille《アンギーユ》」だと教えてくれて。 うん、私、その時、「ウナギ生活《ヴィ・ドゥ・アンギーユ》!」って言ったんだよね。 因みにAuberge《オーベルジュ》はレストランっていう意味だと解説された私は、ウサギのイメージが強過ぎて「野菜料理ばかりは嫌だよ?」って心の中で思ったの。 けど、今の口ぶりからすると、頼綱は全部お見通しだったのかも? くぅ〜。 記憶力良すぎも、察しの良すぎも、やっぱり何だか腹立たしいですっ! *** 妊婦健診は、最初に妊娠を確認して頂いたとき同様、うちの病院の紅一点、杉本先生にお願いしています。 やっぱり頼綱《よりつな》にっていうのはいくら夫とはいえ――いや、夫であるがゆえに?――恥ずかしかったし、ましてやお義父《とう》さまや、同僚の男性医師に、なんていうのは論外でっ。 お腹の上から経腹《けいふく》エコーが掛けられるようになってからならまだしも、初期の経膣《けいちつ》エコーの時はさすがにちょっと、と思ってしまったの。 「――それでい
お腹の中、食い意地の虫とちっちゃなちっちゃな赤ちゃんが、ミルクを酌み交わしながらおしゃぶり片手にどんちゃん騒ぎをしているのを想像してブルっと身震いしたら、頼綱《よりつな》が「何を想像したの?」って聞いてきて。 涙目で「私のお腹の中で腹ペコ虫と胎児がミルクで酒盛りしてるのっ」って訴えたら、変な顔をされてしまった。 「花々里《かがり》が飲まなきゃ中の住人も酒盛りは出来ないと思うよ? ――っていうか、それ。そもそもミルクなの、酒なの? ねぇ花々里。まさかと思うけど、僕に内緒で飲酒とかしてないよね?」 突然私が支離滅裂なことを言ったりしたから、もしかして酔ってる?って疑われてしまったのかも? 「飲んでなんっ、……んん!」 飲んでなんかいないよ?って言おうとしたら、言葉半ばで頼綱に深く口付けられて。 まるでお酒をたしなんだりしていないことを確認するみたいに口の中を探られた上、「……甘い」とつぶやかれて「よしよし」と頭を撫でられた。 よ、頼綱の馬鹿っ。イメージの話だったのに、なに真に受けちゃってんのよ! びっくりしたじゃないっ。 照れ臭さにそわつく私をよそに、頼綱はケロリとした顔をして、「僕としてはご馳走出来る食いしん坊さんが増えるの、今から楽しみで堪らないんだけどね」って心底嬉しそうに私のお腹に触れてくるの。 頼綱めっ。 この子が育ち盛りになった時、エンゲル係数が跳ね上がってピィーピィー泣く羽目になっても知らないんだからね!? 村陰家《むらかげけ》直伝《じきでん》の食いしん坊遺伝子、舐めんなよーっ!? *** 「食事は八千代さんにも協力してもらって、なるべく少量を小分けに摂るようにしてるだろう?」 頼綱《よりつな》の言葉にうんうん、とうなずく。 途端込み上げてきた何となくしょっぱい生唾に、口元を押さえて立ち止まる。 うー、まずい。 なんかまた気持ち悪くなってきた……。 「頼綱……。飴玉……」 言ったら、スーツのポケットから取り出した飴を、「ゆっくりお食べ」って包みをほどいてそっと口に入れてくれる。 飴。自分で持っていたら、つい高速でコロコロコロコロ転がして次々に食べてしまうから、一緒にいる時は頼綱に管理してもらっているんだけど。 「あ、この味。懐かしいっ」 出会っ